私、黒桐鮮花は見習い魔術師である。今日も先生のラボで訓練をしていた。
午後3時。そろそろ一息ついてもいい頃だろう。 備え付けであるコーヒーメーカーに向かい、コーヒーを淹れようと準備していると、先生が私の分も、とおっしゃったので2人分をセット。出来上がるのを待っていると、先生がおもむろに顔を上げた。
「なぁ鮮花、提案があるんだが」
「なんですか?先生。兄さんに給料が支払えないので、期限を伸ばす交渉の話ですか?それならお断りしますけど」
私の兄、黒桐幹也はこのラボで働いている。まぁ、先生の助手みたいなモノだ。もう一人、思い出すだけでも忌々しい奴がいるが、そいつについては今はいいだろう。
舌打ちをする先生。
「いや、それについてもだったんだが、別の話だ」
「なんでしょう?」
兄の給料が支払われないことについて抗議した方がいいのではないか、と思案しつつ出来上がったコーヒーをマグカップに注ぎ、先生のデスクへ運ぶ。
「そんなに幹也を落としたいならまずは式から落としてみたらどうだ?」
「は?」
思わず足が止まり、わけがわからない先生の発言にマグカップを落としてしまった。しかも私の。
まず、なぜ考えないようにしていたあいつの名前が出てきて、さらにそいつを落とせと?というか、あのマグカップ、わりとお気に入りだったのだけど。先生のを落とせばよかった。
「おい鮮花。どうした?」
「い、いや、先生の発言が意味不明すぎて・・・」
この先生、煙草の吸い過ぎで脳みそが莫迦になってしまったんじゃないか?煙草を吸うと肺がんになりやすくなるらしいけれど、まさか脳にも異常が出るだなんて。
そんな事を考えていると、先生はニヤリと笑いながら、そうでもないぞと続けた。
「鮮花、お前が幹也を好きなのは知っている。様々なアプローチをしているのもだ。だが、幹也があまりにも鈍感なのもあって全く成果に結びついてない。
となると、最大の敵、式をどうするかになると思うんだ」
まぁ確かに、一理ある。私は兄の幹也が好きなのである。あいつ、両義式さえ居なければ絶対にかなっていたはずの恋。あいつの出現により、人生の路線は大いに狂ってしまった。
どうやら色々考えてる内に、先生のマグカップに相当力を入れていたようで、取っ手にヒビが。 「鮮花、そろそろマグカップを置け。そのまま私のマグカップまで壊す気か。・・・で、考えたんだが、式がお前に惚れたら幹也の元に行くこともなくなるし、惚れさせれば、あとは式を盛大に振ってしまって、お前が幹也に告白すればいい。どうだ?名案じゃないか?」
「・・・」
先生の言う事も、一理あるような気がしてきた。というか、本気で握りしめていたらしくマグカップの取っ手が取れてしまった。
「お前・・・わりと気に入ってたんだぞ、このマグカップ・・・」
「ごめんなさい、弁償します・・・」
「いやいい。この案に乗ってもらうから、それで帳尻を合わせよう」
うっ。本当に断りづらい所をついてくる。 「わかりました・・・」
「では作戦会議といこう」
こんな楽しそうな、いや、こんな狂った先生は初めて見たかもしれない。溜飲をつきながら先生の元へと向かうのだった・・・。

一旦終わり。2013/06/07